2008年04月08日

こんな施設どうですか?

日頃仕事をしていて思うこと。

在宅生活を希望しているのに
家族事情やキーパーソン不在で、どうしても施設入所を余儀なくされるケースが多い。

もちろん、施設関係者にはとても感謝している。
だって、在宅での限界は必ずあって
そこを押し通すかどうかは
愚権行使の権利を考えるか?
でも、それでは福祉ってなんだ?って事になる・・・・・

自己決定や善行原則
複雑に絡んで、でも人命を尊重して
でも、利用者の意向はどこへ行った???

いつも、いつも悩んで仕事をする。
悩んでも悩んでも、それを表面化せず
自分の中に押し込んで
・・・・・私って、いったいどういう人格よ?

いろんな思いが交錯する。


理想とする暮らしはなかなか現実には思い描けず
最善としながら、妥協策を利用者に説得する。
場合によっては、納得がないまま施設へお願いする事もある。
施設までの道中
「うそつき」
・・・・・そう、言われた事がある。

入所施設があって、有難いと本当に思っている。

厚生労働省が先に示していたように
今後、超高齢化社会を迎えるにあたって
在宅ではない場所での看取りが増えていく・・・・だろう。

でも、それには現実、基盤整備があまりにも足りない。

病院は長期入院は無理
施設は大きな疾患や急性の病気があっては無理
ターミナルはリスクが大きいので、最期は病院へ戻る
なんでも可能な施設は、莫大な資金がいる

まず、これでは無理だ。


あくまで理想だが
看取りも出来る、グループホーム
(名称はグループホームでなくても良い)
こういうものは出来ないだろうか?

身よりがなくて
入所の段階で、最期のお見送りまで希望するかどうかを聞く。
つまりは、ずっと居ていいですよ。
・・・・・と、いう事になる。
最低限の葬儀費用だけ確保していただき
あとは、普通に暮らせる資金とスタッフの生計が保てる合計の入所料金。
もっと言えば、補助金があればなお良い。
(期待・薄)
そこに住む者が家族になり
本来、古くからごく当然であった在宅看取りを
忌むべきものではなく
生きとし生けるものとしての幕引きを
みんなで見送る事が出来る。

普段は共同で、自立を支えあって生活する。


・・・・・あくまで理想。
でも、早急に考えていく必要はあると思う。

形や名ばかりで
中に入れば、ギョッとするところもある。

思うままに、好きに生活する事と
本人が望むからと放置するのは
まったく意味が違う。

専門職として、倫理的価値観や人としての感性を
忘れずにいたいと思う今日この頃です。



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posted by 木下 小櫻 at 00:54 | Comment(0) | 勝手に介護福祉未来構想

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