2008年03月08日

志すもの

そもそも、看護師なんて目指した動機は
弟が死んでしまった事がきっかけだった。

ファロー四徴症という先天性心疾患だった弟は
ほとんど自宅にはいなかった。
毎日のように病院へ母親と通った。

その時の看護師さんの様子を見て・・・・・
というのが、幼い頃の憧れだった。

でも、実際
本当に目指そうと思った理由は別のところにある。

弟の死後
父親が蒸発同然でいなくなったり
母親がノイローゼになったり
あまりいい状態ではなかった。

挙句の果てに
私は、突然家族がいなくなったショックからか
まったく誰とも、
親も友達も、親戚も、先生も
誰とも口が利けなくなった。

母親は、きっとイライラした事と思う。
現実から逃げて自分勝手に出て行った旦那と
五体満足のクセに、口も利けず、自分の周りから離れようとしない長女(私)
「なんで私ばっかり・・・・・」
「あんたさえいなければ・・・・・」
アレは、母親の本音だったと思う。

看護師としての就職活動のとき
小児科を選択するかどうか、非常に迷った。

病気の我が子を見る・看取る親を
支える自信がなかった。
自分の過去とブレて、
どうするべきなのか、判らなくなりそうだった。


看護師を目指した最終的な理由

それは、そんなに大それたモノではない。

看護師という仕事に気概を持っている人は
「人助け」とか「人命を守るため」とか「感謝されたいから」とか
すごく大きな理由を持っている。
だからこそ、この手の業界の中で、
看護師は立場や発言力が強いのかもしれない。

・・・・・でも、そんなのは勘違いも甚だしい気がする。

医療や福祉や介護
この業界では、何度も言うように
いろんな職種が連携して協同して成り立っている。
何かが欠けててもダメだし、どれかひとつが突出して強くてもいけない。
もちろん、場面場面で専門的な関わりが必要な事はある。
だから、それぞれが
プロ意識を持って当たらなくてはならないし
そうあってプロ集団として成り立つと思う。


今は、看護師を離れて介護支援専門員をしているが
基本的に、私の中に置いているものは変わっていない。


今、そこにある現実(状況)が少しでもいい方に


ただ、それだけ。

それだけのために、たぶん
私は歩いていると思う。


タグ:看護師 介護
posted by 木下 小櫻 at 18:00 | Comment(0) | 私の話

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