2008年04月01日

家族介護

介護の問題を考える時
どうしても家族の存在は大きい。

同居家族がいるのかどうか?
近くに支援できる家族はいるのか?
緊急時には、駆けつけることが出来るのか?
適切な環境を調整できる家族がいるのかどうか?

家族は介護にとって、永遠のテーマだ。

家族がいれば安泰というワケでもない。

残念ながら
家族の存在が利用者の生活にとって弊害となる事もある。

明らかに、虐待や放置といった事態が起きている場合はもちろんの事
悪気なく、自立を阻害している場合や
明らかに病状を悪化させるケース
介護に対する意見は主張するが、いざという時に誰も動かない事や
介護サービスの組み立てに熱心だが、家族の役割が抜けている

・・・・・また、
献身的・一生懸命介護しているのに
どんどん自分自身を責め続ける家族もいる。

いろんな家族の姿があり
いろんな介護がある。

今後
超高齢化社会を迎えるにあたって
家族支援が困難なケースは増加すると考えられる。

利用者と家族
その関係はつながりを保って行く事が最善ではあるが
そうもいかないケースも増加すると思われる。
後見人などの制度の利用ももちろんではあるが
もっと先の介護の構想が
そろそろあってもいいのではないかと、思う。


こんなブログを立ち上げて
えらそうな事を、思うまま綴っているが

・・・・・何度も言うように
私の生きてきた背景を持って
私に実親の介護が出来るかどうかは
自信がない。

専門職である自分と
超個人の自分。

正直、乖離していると思っている。

ある日突然
幼少期から会っていない父親が急に現れて
例えば、親近者を探す保険者からの連絡が来たとして
きっと、人情的な対応は私には出来ない。

どんな過程があったにせよ
育ててもらった母親に対して
きっと呼び寄せたり、何かしたりするけど
潜在的に私の中で、誠心誠意尽くせない感情が残っているはずだ。

だから時々
私はこの仕事に、本来不適切なのではないかと
苛まされる事がある。

実際
安直に「家族なのに、なにもしないなんて、何考えているのか分からない」といったような、同僚や関係者の意見を聞くことがある。
確かに、その言葉にはそのとおりの意味があると思う。
でも、素直に心底の同意が出来ない自分もいる。

利用者の生活を守る事は
素直にそのとおりだと思う。
出来る限り、家族とのつながりを保ってもらおう
その気持ちも、素直にそう思っている。

でも、どうにもこうにも
上手くいかない家族もきっといて
私たちが思っている以上に
こんな事は実は増えていくとも思われる。

だから
私たちの支援は、
もっと幅を広げていかなくてはならない
・・・・・そんな風に、思っている。
寂しい時代かな。



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タグ:家族 介護
posted by 木下 小櫻 at 00:34 | Comment(0) | 私の話

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