2008年02月08日

社会性とエゴの認識

自分が何者であるか解らない不安は
想像以上に大きなモノである。


“自分は何者”・・・・・か?


とても難しい事のように感じるが、

人が「我、何たるか?」
なんてものは、
社会の中で、自己認識していくもの

・・・・・だと、思う。


例えば、家族・友人・学校・職場・地域

その中で、「私は誰か?」
を、無意識であったり意識的であったりしつつ
確立されていくものであると考える。


だから

身近な関係や、今まで属していた関係が
自分の中で解らなくなったり
その中に自分がいる、いてもいいんだ
という、安心感がなくなった時


すなわち、自分が解らなくなる事は


真っ暗闇の、何も聴こえない、
誰の姿も
笑い声も
見慣れた笑顔も
温かい指先も


何も感じられない。

すごく怖い事だと思う。


posted by 木下 小櫻 at 02:30 | Comment(0) | 不安を呷るモノ

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