2008年10月24日

「今日も落ち着きがありませんでした。」

認知症になった家族を、なんとなく外部の方に知られないように
結果として家庭に閉じ込めてしまう・・・・・
“介護の社会化”などと謳われる今日でも、やはり数としては多い。
特に、若年発症のケースでは
周囲の不理解も伴って、適切とは言いがたい状況で
何年も経過してしまうケースがある。
高齢者の様に、独居や高齢世帯などであれば
自治体を通して、民生委員や老人相談員・地域包括などが比較的早期に関わる事も出来るが
若年発症のケースは、ふるいに引っかからない。
受診そのものも倦厭される事が多いため、病院のワーカーを通しての情報もない。

こんなケースが、私の手元にある。
長い事、家族だけでなんとか本人を「立ち直らせよう」と努力し
民間の薬を使い、家族の愛でなんとかしよう・・・・・
早期に介入が出来れば
もう少し、違った形があったかもしれないケースである。

私が介入した時には、既に認知症としてはだいぶ進行が見られ
身体機能は安定しているが、認知症だけで“要介護3”だった。

それでも昨年1年間は
家族の疾患に対する受容も徐々にではあるが見られ
(受容とは、あきらめる事だ・・・・・と、配偶者は言います。)
家族の介護と、サービス提供事業者のケアのおかげで
比較的安定して、目立った進行は見られなかった。

ところが、最近になって若干様子が変わってきた。

おそらく、脳の器質的な変化も伴っている事とは考えられるが
睡眠薬の使用もあり、朝方の行動に変化が現れた。
また、主治医である精神科医が近い将来予測される症状として言ってきていた、「排泄」に関する実行機能障害が見られ始まった。

尿意は感じるが、それが尿意だと解らない。
解っても、どうすればスッキリするのか解らない。
トイレの場所が解らない。
解ってトイレの中に入っても、どうすれば排泄できるのか解らない。
トイレの場所が解らないから、トイレを探す。
なんとなく丸いところ、隅っこのほうに放尿する。
睡眠薬使用時は、当然のことながら起きられず失禁する。

おそらく、そんな状態ではないかと思う。

また、すべてのサービス事業者で起きている事ではないようでもあるのだが
なんとなくじっとしている事が出来ずに
室内をウロウロしてしまう。
笑いながら寸止めパンチをする。

この事に対し、そのサービス提供事業者から
毎回、連絡帳に冒頭の言葉が記されるようになった。

「今日も落ち着きがありませんでした。」


・・・・・落ち着きがないのではなく
何か、理由があるはずだと考えます。
ウロウロするしかないには、ウロウロしてしまう理由が
寸止めパンチと言う表現には、寸止めパンチをする理由が
何か、あるのだと思います。

そこを汲み取って
利用者が穏やかに過ごす事が出来るように支援するのがプロではないだろうか?

試行錯誤しながら
疑心暗鬼になりながら
イライラする自分を責めながら
受容とは諦めていく事だと、納得しようとしながら
もう私が愛した夫はいなくなってしまったと悲しみながら

少しでも、進行しないように
少しでも、家族でいられるように
いつか、在宅で見れなくなる日が来てしまうだろうと心配しながら

そうやって介護している家族にとって
「今日も落ち着きがありませんでした。」
は、辛かっただろうと思う。

サービス提供事業者へ連絡しました。
確かに、認知症対応ではなく、
施設的にもハードもソフトも対応しきれない状況である事は
私自身も十分承知しています。

でも、介護者心理として
その言葉はキツイだろうと、
しかも連日そのように記入され
送迎後の報告も、同様の言葉では
もう、通えないかもしれない
プロでもダメなのだから、家族でなんてもっと無理かもしれない
在宅維持なんて、無理なのかも知れない
・・・・・そんな不安が増大する。

利用者のありのままの姿を報告する事は大事だと思います。

でも、「落ち着かない」とスタッフが思うのであれば
例えば、どんな事が考えられるとか
もしくは、表現を変えるとか
何かしらの、方法をとっていく事も出来るのではないか?

家族にダイレクトに伝える前に
ネガティブな表現になりがちな報告をせざるを得ないのであれば
事前に、こちらに連絡があってもよかったのではないか?


ちょっと、それこそサービス提供事業者にとってはキツかったかもしれませんが
少しお話させていただきました。


在宅で介護していくという事は
決してキレイごとだけではいかないです。
それでも、住み慣れた自宅で
心穏やかになれる家族のもと
安心して地域で暮らしていくために
私たちが出来るお手伝いは、ほんの小さな心配りでしかないと思っています。
ほんのちょっとの言葉掛けで
少し頑張れるかもしれないし
今にも崩れてしまうかもしれない。


自分たちの
言葉が、表情が、視線が、雰囲気が
不安や疲れなどによってチクチクしている心を
癒すか、潰すか

常に、過剰なくらい意識していなくていけないと思います。






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タグ:認知症ケア
posted by 木下 小櫻 at 00:15 | Comment(0) | 認知症

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