2008年03月01日

認知症の感覚

こんなblogを始めてはいるものの
「不安」に感じることは、私にもたくさん理解できるような気がしているが、

「認知症」

私は、どの位理解しているだろう?


・・・・・と、
プロとして有るまじき事かもしれないが
常々、そんな事を思う。


認知症や精神症状を伴う人が体感している現実は
複雑多岐にわたる。
もちろん、疾患や症状によっても違うし
その対応も変わる。

これまでも書き込んできたように
基本的には、抱えているものは同じだと思う。


大人であるが故に、認知症は不安になる。


想像してみて理解できるであろうか?


例えば
ふすまや階段の色加減
ちょっとした高低差や色調の変化が
深い谷底のように見えたり
何かが突出しているように見える

向こうに行きたいのに行けない。
立ち止まって、動けなくなってしまう。

たとえば
テレビがついていて、台所ではお湯の沸く音がする。
洗面所の方角から洗濯機が脱水している音がする。
リビングでは孫が片言で唄っている。
キッチンから妻が呼んでいる。
「お父さん、ソレ取ってって言ってるでしょ!?」

私達は日頃〜ながらで生活している。
その中で、いろんな音を聞き分けている。
でも、自分の置かれている周りから発されるすべての音が
判別される事なく
何処からともなく一度に同じように聞こえたら
すべての音情報が
氾濫するように、頭に流れ込んできたら

きっと
何がなんだか分らない。



その症状や進行によって
支援の加減は変わってくるものであるが


たとえば
歩く事が難しい時に、車椅子があるように


そこを渡れなかったら
手を差し出して、一緒に通ったり

落ち着いた環境で
ゆったりと話してみたり


車椅子の代わりになるもの


きっと、それは人です。


タグ:認知症
posted by 木下 小櫻 at 16:19 | Comment(0) | 認知症

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