2008年03月19日

いちばん輝いていた時代へ

自分の人生を振り返って
いちばん輝いていた時とは、いったい何時だろう?

認知症の方には
かつての自分に還っているという事が見られる。

例えば
子供を産んで子育てに一生懸命だった時
仕事に生きがいを持って、精一杯勤めていた時
誰にも抑えられることなく駆け回っていた子供の頃

すべての人がそうだというワケではないが
自分がいちばん良かったと思える時期に自分をおく人が多い。

その人がどの時期にいるのかを知る事は
徘徊とされる症状などの対応にも有効のようだ。

徘徊と聞くと
専門職であれば、その背景には理由がある事を思いつく。
不安に思うことであったり
探し物であったり
排泄や食事など、基本的欲求に関する事だったり
いろんな事を思いつく。
その対処法もそれら思いつくことによって考えられる事もある。
一緒に探したり、欲求を満たしたり
いろんな事が考えられる。

帰宅願望などではどうだろう?
一緒に散歩に行く、グルっと廻って戻ってくる・・・・・
でも、それでおさまるだろうか?
また、しばらくすれば同じ事の繰り返しだったり
延々、歩き続けたりはしないだろうか?

これは、あくまでひとつの例だが
とにかく外へ出たくて仕方がない人がいた。
一緒に外へ出ても、歩いても、やっぱり変わらない。
「今日はもう遅いから泊まって行って?」
などという、お決まり文句なども通用しない。

その人は
ひとりで仕事も子育てもしてきた。
夕方になると、急いで子供を預けている知人宅へ向かった。
職場から、バスに乗って、毎日・毎日。
生活のために仕事も頑張り、
愛するわが子の心配をしながら
一目散に帰る。


・・・・・事業所のデイサービスやショートステイ送迎用のバスに、通所系サービス利用者と共に乗っていただいた。
その人は、とても安心した表情をして
穏やかにバスに乗り、また施設に戻ってくる。

夕方、時間に間に合うよう
遅くなる事のないよう
バスに乗る。

この方の例でなくとも
夕方というのは、気忙しさを増長する。


ほんの少し
その理由に、今までよりも踏み込んでみると
安心出来る事もある。

なかなか、通所系のバスに乗ってもらうなどという事は
事故等の恐れや、事業所としての責任とか
諸々の理由で難しい事のほうが多いかと思う。

でも、実際、こんな事が安心に繋がる事もある。


タグ:介護 認知症
posted by 木下 小櫻 at 00:29 | Comment(0) | 認知症

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