2008年03月30日

認知症高齢者のターミナルケア

この仕事をしていていつも思うこと
どんなケースも一生懸命関わるけど
どんな支援にも答えが見付からない。
いつもいつも手探りで
いつもいつも振り返っている。

多分、こんな事がとても大事で
きっと繰り返し、積み重ねていくのだろうと解ってはいても
時として、それが辛い事もある。

ガン末期ターミナルで、エンドステージにある方で
なおかつアルツハイマーを併発しているケースがあった。

呼吸苦が不穏を呼び、不穏が呼吸苦を呼んでいた。
医療不信から、積極的治療はアルツハイマー発症以前から望まず
抗がん剤やモルヒネ等の使用も拒んだ。
介護者も利用者意向を最大限尊重しており
しかも献身的で、当初サービス利用を拒んだ。
拒んだ理由には
@、入院を勧められると思った
A、家族の力だけで看取りたかった

重症化するガン症状と精神症状。
利用者は不安から、幻覚・妄想・夜間せん妄・徘徊の症状があった。
介護者は連日1時間眠れればいい方で、限界を来たしていた。

このままでは、在宅介護の継続すら困難となる事を理解してもらい
家族が協議の結果、往診・訪問看護のほか
通所サービスも利用する運びになった。

利用に際して当初不安が大きかった利用者だが
次回利用日には、自ら支度をしたり
利用中の話を家族にするなどして
介護者も安心していた。

すでに利用者の全体像が、いつ急変してもおかしくない状況である事から、度重なるカンファレンスが行なわれた。
緩和ケアや、場合によっては入院などの検討もされた。
しかし、なかなか辻褄の合いにくい利用者が
病院という言葉を聞いただけで「行かない!」とはっきり言い、
介護者も「どこで亡くなっても、悔いはありません」
そう言っていた。

最期は、通所サービス利用中に訪れた。
介護者が見守る中
送迎車に乗り込むときに、急激にレベル低下。心配停止。
搬送先で死亡確認された。


私の中の、在宅看取りに対する概念が
「家族に見守られて、穏やかに、布団の上で」
だった事もあり
このケースは、非常にショックだったし、今でも思い悩む事例のひとつである。

何故、デイサービスに行く事を止めようと言わなかったのか

その思いが当時、私の中を占拠していた。

でも、そうではないと
関係諸機関の方達や、同僚、そして介護者までが口を揃えて言う。
利用者の希望をまっとう出来た。
いつもの暮らしの中で旅立った。
前日に、家族に対し利用者からあらたまって感謝の言葉があった。きっと、自分で明日逝くんだって分かっていたんだよ

・・・・・気付けば、私の方がフォローされている。


良かったのか
悪かったのか
他の方法があったのか

それを考えればキリがない。
答えが見付からない。


私に出来る事は
この事例を風化させないこと。
次につなげる事。

超高齢化社会を迎えるにあたって
今後も病院でもない・施設でもない
看取りの機会は増えていく。

布団の上で、静かに過ごす事だけがターミナルではない。

利用者の意向をどれだけ尊重できるか?
認知症を併発しているケースでは、自己決定がどのようにバックアップされるか?
代理判断は本人の利益に即しているか?

様々な課題をはらんでいて
そして、利用者が希望する生活に
フォーマル・インフォーマルすべてのサービスが
どこまで対応できるのか?


すべては今後につなげる事ができるように。



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posted by 木下 小櫻 at 01:05 | Comment(0) | 認知症

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