2008年04月25日

「お金は私を裏切らない」

どんな利用者さんであっても、精一杯自分に出来る事をしようと思っています。
例えば、入院や入所・また他界されても
いつまでも心の片隅にいます。


中でも、もっとも印象の強い利用者さんです。

日に20〜30回は事業所に電話がきます。
「ちょっと、ここに電話番号が書いてあったから掛けているんだけどね?」
私の名詞や、自分で書いたメモなど見て
なんだっけ、この電話番号・・・・・
そうして、繰り返しかけて来ます。
「ああ〜、お宅、いつも来てくれる人?」
そこまで繋がると、更にヘルパーの事につながります。
「だいたいね、私はこの208円・・・・・この208って、この8円が気に入らない。8円って・・・・・どうせだったら300とか。
来てもらっているのに、いや来て貰っているったって、私が頼んだんじゃないんだ。今の世の中はすごいね。年寄りは幸せだよ。なんなら1000円位払ったっていい。この8円が気に入らない。」

208円とは、訪問介護の生活援助1時間未満の料金です。

食事を摂る事も、水分を摂る事も忘れてしまっている彼女は、度々脱水になり、私は迎えに行って受診に連れて行きます。
ヘルパーは足の踏み場もない彼女の家の片付けと、なんとか食事と水分を摂って貰おうと訪問してます。

「まったく、208円なんて安すぎる。狐につままれたみたいだ。」
「どうせだったら、高く払ったほうがいい。騙されているみたいだ。」
「私は金払いだけはいい。金の問題はややこしくなる。」
何度も繰り返します。
ようやく208円でいいと分かると「かーっ、この話。」と一笑。


彼女は幼少期に身売りされて芸者をしていました。
カラカラと話す身の上話は、非常に奥深いものですが、彼女は淡々と話します。
「寒稽古ってのは、はっきり言っていじめ。」
「やるしかないんだ。自分ひとりで。」
「親戚なんてひとっつも来ない。やっぱ、もう家が違うからね。こちらも頼っちゃいけないのよ。間柄が違う。」

笑いながら話していますが、当時いろんな想いが交錯していた事が伺えます。
「人の気持ちなんて、つなぎとめられるモンじゃない。」

そして、冒頭の言葉。

自分で稼いで稼いで、家も持ち、店も持った。
その間、彼女の元へやってきては、去っていった人がどの位いたのだろう?
一人で生んで育てた子供もいる。

「お金は、明快。支払うものはさっさと支払う。駆け引きもなにもない。まぁ、いわば私自身の積み重ねがこの金よ。」
「それでいい物を買う。いいもの持てば背筋も伸びる。」


彼女の理論は筋が通っていた。

「・・・・・で、そうそう。私は支払いたいのよ。だけど、この208円って。この8円が気に入らない。何処から来たんだ、この8円は。」
と、また元の話に戻り、同じ事を繰り返す。


また、彼女にとって大事なお金は、度々紛失した。
これは大事に仕舞っておかなくては・・・・・そう思うと、大事に、誰にも分からないところへ仕舞う。


「ちょっと、私、この電話番号みて掛けているんだけどね?」
「この世でいちばん困った事が起きた。金がない。」

いつも彼女がいる辺りを受話器を持ちながら探すように話すが、当然分からない。
そして、私は出向いて行って、一緒に捜索する。

押入れのいくつもある布団の奥のほうから
壊れたトースターの中から
畳の下から

「よくこんな所に入ったネ。」


彼女がいちばん信頼しているお金は、こんな理由で時折捜索する。


唯一絶対なモノが無くなってしまう。
そうやって積み上げてきたものが、今日もない。

・・・・・強く、不安な気持ちでいっぱいだ。

だから、何度でもお邪魔する。
一緒に探す。

一緒に探しているのは、ただのお金ではない。
それは、彼女の集大成やプライド。




参加してます にほんブログ村 介護ブログへ ブログランキングへ


posted by 木下 小櫻 at 01:38 | Comment(6) | 認知症

×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。