2008年05月07日

俺、馬鹿だよな? 続・黒で塗りつぶされた絵

いろんな色でグルグル螺旋を書いた後に、几帳面に黒で塗りつぶしていた利用者さんの話を先月アップしました。
これには、どんな意味があるのか?
臨床心理士でもない私には憶測でしかないのですが
何かを消したいとか、不安とか、解らなくなっていく苛立ちとか
いろんな事を考えました。

先日、利用しているショートステイにて
人の顔をたくさん書いていた、と聞きました。
簡単ではあるものの、複数の違うイメージでの顔。

“自宅が苦痛?”

ふと、脳裏に過ぎったのは、こんな言葉でした。


ざっと、これまでの経過が瞬時でフィードバックされました。

・スタッフの冷たい視線により、「アイツ怖い。もう行かない」と言った。
 (当事者はそんなつもりないと言っていたが、プロとして意識が欠けていた)
・介護をめぐって、家族間の喧嘩が絶えない。
 (私はこれだけ介護している、とか、もう少しこうしろ、とか
  利用者の前で繰り広げられる)
・こんな事もわからなくなっちゃったの?と家族に言われる。
・排泄や更衣に関する事で、強く叱咤される。
・孫のテリトリーに入る時の、その家独自のマナーが出来ないと、強く叱咤される。
・介護申請前は、つい手が出てしまう事が多かった。


実際、よく介護されているお宅なんです。
利用者自身がいつも笑っているのも、家族の姿勢や事業者のケアのおかげだと思っています。
介護や疾患に対する文献もよく読んでいらっしゃるし
同居家族数も多い。
心配なことがあると、専門職(ドクターを含め)によく質問し
それを実践しようと努力している。

よく介護しよう
よい介護者であろう
家族の力で乗りきろう

そういう思いが、とても強いのです。


今では疾患の理解もされ、利用者自身に対する身体的な負荷は減ったようではありますが
なんとなく危うい関係なんです。

いろんな事を忘れたり、解らなくなってはいますが
喜怒哀楽とか、人の感情に対しては非常に敏感な疾患です。
もし、“自分の事が原因で、家族が揉めている”事が解っているなら
自分の存在自体を、利用者が否定しかねない状況だと考えます。

一生懸命であるが故に、生じる歪み。


家族の気持ちの理解もしながら
どんな風に、家族にとってストレスとならないように
利用者が安心して、自宅で過ごせるように
どんな風にして話していこうか、考え中です。

住み慣れた自宅で、愛する家族と出来るだけ長く暮らせるように
利用者自身が、自宅でのポジションを保っていられるように



以前この方の母に当たる方も介護を受けておられました。
その時に、体重減少が著しく
介護者は試行錯誤して、なんとか食べてもらえるよう毎日奮闘していました。
「食べたくないの?」と、聞く私にその母親は
「あんなもん、食べれるか・・・・・」・・・・・と。
いつも、15時頃から夕食の仕込をし、一生懸命手作りしていたのにも関わらず・・・・・でした。

原因は、ビーフストロガノフ・牛肉の赤ワイン煮込み・豚の角煮

「一生懸命作っているのに、食べてくれないのよ?」
「・・・・・たぶん、ご飯と味噌汁と、山菜のおひたしとか・・・・・そんな感じでいいのではないでしょうか?」
「でも、そんなの、ご馳走じゃないでしょ?」


いつだったか、こんなやり取りがあったことを思い出しました。


一生懸命な姿勢は評価しつつ
方向性や、方法を
ストレスを掛ける事なくシフトしてもらう。

簡単な事ではないような気がします。
でも、それも利用者はもちろん介護者への支援であると考えます。


少し、方法を検討してみます。
出来るだけ早めに。




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posted by 木下 小櫻 at 01:13 | Comment(8) | 認知症

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