2008年05月31日

家族支援

家族支援

この業界にいて、切っても切れないもの。
利用者の支援はもちろんの事、家族・介護者に対する支援は大きなウェイトを占める。

様々な利用者がいて家族・介護者がいる。

疾患の理解や介護方法なども熟知し、それでも自分はまだまだだと介護者自身が自分を責め続けるケース。
必要な手続きや、緊急時の対応は出来るが、日頃の支援が難しいケース。
家族・介護者が利用者の年金にぶら下がり、利用者に不利益が起きるケース。
一生懸命介護にあたっているが、その方法が芳しくないケース。
虐待や搾取・ネグレクトといった、早急な介入が必要なケース。
判断力に欠ける介護者に、契約等の一切を任せなくてはならないケース。
利用者1人ならなんとか生活できるが、それに縋っている家族がいる事により、適切なサービス利用を制限せざるを得ないケース。


どれもこれも、悩ましくて個々の対応が必要であり
その家族が踏んできた歴史を知れば知るほど
一般に善しとされる方法が取れない事が多い。

家族・介護者のあるなしは、その利用者の生活に大きな影響を与える。
が、しかし、家族・介護者がいても不利益が生まれるケース
いなくても、どうにか生活が成り立つケース
様々な形を擁して、支援者を悩ませる事が多々ある。


家族に関する定義は、私には解らない。

でも、そこにある苦悩は見える。
形や姿はどうであれ、そこにいろんな気持ちが交錯し
本当に上手くいかないことの方が多くて
救ってあげることさえ出来ない。

毎日、連日、24時間の介護には、必ず家族の支援が必要になる。
その事が、利用者の暮らしの安定にも繋がる。
気持ちよく生活できれば、笑う事も出来る。
笑う事が出来れば、多少の事は受け止める事や、また逆に聞き流す事も出来る。

そこに至るまでの葛藤を、どれ位受け止める事が出来るか
どれだけ人に見せることが出来るか

そんな事が、その後の関係性に大きく影響を与えるように思う。


どんな関係性であれ、
あるがままを受け止める両腕を
いつでも広げられるだけの、気持ちにゆとりを持っていたい。
頑なに閉じた腕や、腕組みされているのでは
気持ちを開放することも難しい。

受け止めた後の支援は、何も出来ない事も多い。
大きな不安をひとつも解消する事が出来ない。
でも、その不安は野ざらしにはならず
誰かの腕の中にあれば、ほんの少しでも重荷が軽くなるかもしれない。
時間を掛けて、重さが変わるかもしれない。

かもしれない・・・・・ばかりでは、適切な支援とは言えない。

でも、受けとめる事も出来なければ
直球も変化球も、キャッチ出来なければ何にもならない。


理解できるか?
良い支援を打ち出せるか?
それはあとから付随するもの。

例えそれがよくない事であったとしても、
総ては、そこから始まるから。




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posted by 木下 小櫻 at 02:36 | Comment(6) | 介護支援専門員

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