2008年04月30日

木にとらわれていては、森は見えない。

介護や福祉・医療に関する考え方について
少し整理してみようかな?と思います。


・・・・・の、前に。
このところお騒がせして申し訳ありません。
木下、意外と元気ですのでご安心ください。
ありがとうございます。


ふと、「堕天使、ジャージを穿く」を見てみた。
これは私が1年前に開設したものだった。
それ以前は、楽天で「白衣の堕天使」というblogを公開していた。
今は抹消したが、PCには残っている。
他にもあちこち移転しては閉鎖・・・・・が続いていた。

そして、
以前の記事を読んでの、私自身の感想。
「・・・・・・か、変わってねー。」
なんか、尽く成長していない。昔から同じような事で悩んだり、考え込んだりしている。


まず、この業界では利用者・患者・クライエント(その他呼称は略します。以後、利用者に統一)が中心にあるべきだと思います。
その方の望む生活や、どんな風に生きていきたいか、またはどのような最期を迎えたいか・・・・・そのような事柄一つ一つを支えていくものだと思います。
そこには、介在する家族・介護者・支援者の気持ちにも寄り添う事が必要であり、一緒にチームを組むサービス事業者・医療関係者と手を取り合い、福祉機関・行政などとの調整も必要です。

ただ、いろんな場面でそのようには行かない事も多々有ります。
関係機関との調整が困難な事もありますし
利用者と介護者の間に、溝があることもあります。

そして、利用者自身の望みを本当に叶えていいことなのかどうなのか・・・・・そんな問題もあります。
利用者の希望であれば、出来る限りはその意向に添うべきだと思うのです。
でも、それが、本当に望む事なのか
選択肢の有無を知っているのか
その意向に決定するまでの過程で、考えた事はどんな事だったのか
様々な角度で捉えなくてはならないような気がするのです。


少し事例です。
  1、精神疾患の患者
    “地球連邦軍”宛ての手紙を郵送して欲しいと言った。
    返ってくるとは分かっているが、投函する。
  2、同じく精神疾患の患者
    ○○を今からヤリに行く。
    もちろん、何故そう思うのか聞き、阻止する。
  3、がん末期ターミナル
    すべての延命処置を拒否。利用者の希望する生活を支える。
    酒・煙草も多量でなければ、良しとする。
  4、アルコール依存の利用者「酒持ってこい」と暴れる。
    治療の意志があれば、必ず断酒できるよう支援する。
  5、難病で意識はクリア。
    「死にたい。でも自ら絶つ為の手も脚ももう動かない。」
    訴えを聞き、手をとることしか出来ない。
  6、同じく難病。気管切開・レスピレータ装着。
    文字盤で「呼吸器外せ!」やはり訴えを聞くばかり・・・・・


少し極端な例ですが、実際に私が出会った人々です。
これらは、多くの人が同じような対応をすると思います。そこには、介護や福祉や医療を含め、ある程度倫理的な部分でそういった対応が一般的だからかな?と思います。


しかし、もしも選択肢がいくつかあって
その方法を知らなかったり、諦めていたり
もしくは、そういったイメージが出来ない場合など

その時には、支援するものがそれに関する情報提供や利用者の気持ちの核になる部分の交流が出来れば、
もしかしたら、未来は変わるかもしれない・・・・・

そんな風に思います。

何度も言うように
利用者の意志は尊重すべきです。
その答えがどんな形であっても。
しかし、支援者は「これが答え」「この方法しかない」って思ってしまったら、それ以上の支援はなくなってしまうと思うのです。

だから、何度も考えるし、悩んだりもする。
答えなんかない部屋に入り込んで、あちこちさ迷い歩く。

自分がそうだから、そういうわけではありませんが
なんとなく、そうじゃないか・・・・・と。


現在の、木下小櫻では、そこまでの到達でしかありません。



これからも、いろんな壁もあるかと思う。


それでも、この道をきっと進んでいくのだろうと思う。
その理由はなんであるのか、自分では分からないけど
悩んだり・考えたり。泣いたりしながら。



夜中にPCに吐き出したりもしながら。




以下、ご参照までに。
追記に、「白衣の堕天使」時代に掲載した記事の一部を抜粋。
利用者の意向が、本音とかけ離れていたケースです。




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       アルコール中毒

 在宅看護をしていて数名のアルコール中毒の患者と関わった事がある。本人・家族の希望にて在宅で看取った例、病院に搬送した例・・・・・様々であった。どんな病気であっても主治医から病状・症状・経過の説明はされるべきで、もちろんアルコール中毒の患者にもされる。
 ある日、外来に女性が受診に来た。受診といっても、ご自身が受診されたのではない。
「夫がお酒ばかり飲んで。食事はほとんど摂らず、昼も夜もお酒ばかり。そんな生活がもうずっと続いている。最近は調子もよくないようで、このままでは死んでしまうのではないかと思って・・・・・。もうすぐ、娘が里帰り出産で帰ってくるというのに。」
その女性は涙ながらに語った。受診を勧めるがご主人は昔から病院嫌いであり、また現在の状態ではとても連れてくる事は不可能だとの答えだった。
 午前の外来が終わった後、ドクターと往診担当ナースと一緒にその方のお宅へと向かった。一目見て重篤な状態である事が分かった。黄疸で肌はまっ黄色、腹水でパンパンになった蛙腹・・・・・ソファから身動きできず、テーブルには酒とグラス。
 主治医は率直に状態説明を始めた。患者は病院へは行きたくないと力なく言った。在宅では出来る治療に限界のあること、このままでは近いうちに昏睡になり命を落とす危険のある事など説明されるも、「仕方がない。それでいい・・・・・。」と、やはりうつむいたまま答えた。
 病院へ戻った主治医は、「酒に生きて、酒で死んでいく。本人がそうしたいと言うなら、それも人生なんでしょうねぇ。」と、言った。病状説明などした上で、患者・家族が希望する場合、在宅見取りを支援している事もあって、話は自然とそのような流れになっていた。状態確認のため連日の訪問看護と、気持ちばかりの点滴の指示がなされた。
 私は患者の気持ちが気になった。私が今まで見てきたアルコール中毒の患者は、「酒をやめるくらいなら、死んでもいい!」と虚勢を張ったり、逆にどこかおどおどしていたり、酒に関することを指摘されるのを避けようとしたり、なんかしらの気持ちの動揺が見てとれた。しかし、今回はそういったことがあまりにも感じられない。諦めているような、何も期待していないような・・・・・。何かが気になっていた。
 その日、点滴を持って再度訪問した際に、私は愚問のような質問をぶつけてみた。
「お酒、好きですか?」
彼は、え?という顔をしてゆっくりこちらを見た。そしてゆっくり話し始めた。
「俺はね、酒が嫌いだったんだよ。若い頃なんてちょっと飲むと気持ちが悪くなっていた。・・・・・でもね、俺はもともと喋るのが上手じゃないんだよな。人前に出るとあがっちゃってうまく話せない。つまんない人間なんだ。
だから、ちょっと酒の力借りて面白い事言ったらみんなが喜んでくれたんだ。笑ってくれると嬉しかったなぁ。もっと、笑ってもらいたくて少しずつ、少しずつ酒の量が増えていったんだよなぁ。・・・・・家の事も、仕事の事も、あんまり自信がなかったから・・・・・でも、酒を飲むと自身がついたような気になっていたんだよな。
いつの間にか、酒がなくっちゃいられなくなった。そりゃぁ、ひどいよ。仕事のときも酒持ち込んでいたんだから。だけど、飲まないと怖いんだよな。“おもしろくない奴だ”と、思われるのは怖かった。
初めは、ほんとにちょっとだけだったんだよ・・・・・。」
 彼は、ゆっくりと話した。この人は飲まなくてもいられる。そう思った。
「死んでもいいなんて、思わないですよね。」
「死にたくないよ。でも、危険だって事は分かる。自分の身体だから。治療してもダメかもしれないって・・・・・分かる。」
その後、彼は孫の顔が見たい事、ラーメンが食べたい事など話してくれた。
 病院へ戻って私はこの話を主治医にした。「酒に生き抜くと思ったんですけどね、やっぱり弱さが出ましたか。」と、主治医は言った。この言葉に私は腹が立った。何故、治療を希望する事、生きたいと足掻く事、それらを弱いだなんて言うのだろう。
「死にたくないと思う事は、弱い事だとは思いません。」
私は、そう言い放っていた。私は在宅看取りも、病院で延命する事も肯定・否定どちらもしない。ただ、患者・家族が悔いなく選択できる事が大事だと思っている。

 二日後、彼は入院した。搬送先の病院でやはり覚悟して欲しいと担当医に言われたと妻が報告に来た。その際、夫の運転免許更新の時期だが、今は行けないので更新延期のための診断書が欲しいと言った。しかし、主治医初めスタッフ、事務の者までが、現状では診断書を書くだけ無駄ではないか、お金も掛かるし、と妻を諭した。
 私は悔しさを感じた。確かに危険な状態だが、まだ生きているのに・・・・・。

 あれから、3年が経過した。その後、彼は搬送先の病院でとりあえず危険な状態をくぐり抜け、療養型の病院へ転院した。半年ほどそこで過ごし、自宅に戻った。飲酒の再発はない。





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posted by 木下 小櫻 at 02:43 | Comment(4) | 私の話
この記事へのコメント
またお邪魔しました。
先日の「主人の思いを遂げさせて」を読んでから、自分ならどうした?と考えていましたが、答えが浮かばず、多分受容はできないが、小櫻さんと同じような結末になるんだろうなぁと思いました。その方の生き方(死に方?)の是非やそれを受容することの是非は、正直わかりません。それを是か非で判断しなければならないとすれば、きっと小櫻さんが言われた、「ある程度倫理的な部分で」非とするだろうと思います。
でも読んでいて引っかかった部分があって、それはその方の人間臭さがどうしても感じられなかったことです。本当はどうしたかったのか?どう考えていたのか?
生きたいという願望がこれっぽっちもなかったとすれば、私の想像を超えた方であり、理解不能であり、私はその達観した精神状態に憧れすら持ちますね(過去に死にたい願望にとり憑かれたことがあるので)。
私の祖父は末期癌のターミナルでしたが、普段から達観したように死というものに対しての考え方がしっかりしていたのですが、告知されたときは狼狽し、苦悩していました。入院後は、明るく振舞い、まるで迫りくる死というものに対し、恐怖がない、生への執着がないように振舞っていましたが、多分知っていたのだと思います、自分が生に執着すれば、周りがもっと悲しむということを。それをみてきただけに、その方の本当の気持ちがどうだったのか知りたい、なんて思ったんですが。

援助する側にとって、専門職にとって第一にくる倫理観というものが、ときに援助方法を見誤らせる可能性もあるんだと思います。ですが、倫理観なしに仕事はできないことも事実ですし、難しいですよね・・・・
私自身は、この仕事に正解はないと思いますし、きっと最大限の援助をして、そして結果に対して常に自分自身にIFを突きつけて悩む。これが最良の結果だといえるケースなんて、きっと少ないでしょうし、もしかしたらないのかもしれないと思ってます。だから悩み続けることも仕事だと割り切っているつもりです。

意味不明な長文ダラダラとすいません。

PS
人間臭さが私は好きです。特にしっかりしている人の人間臭さをみるとハマってしまいますね。
例えば小櫻さんや楽校の主催者さんのような人ですね。





Posted by 大人になれない相談員 at 2008年04月30日 04:10
“大人になれない相談員さん”いつもありがとうございます。

私自身もこの仕事に答えなんてモノはないと思っています。いろんな支援があっていろんな結果がある。絶対なんてモノは存在しないし、どんな支援をとっても、やはり考え続けます。
だからこそ、支援者の感性や資質が大事だって事も理解できます。
在宅支援に重点を置く私の所属法人では、必然的に在宅看取りのケースが多いのですが、デスカンファレンスの時に往々としてある支援者から挙がる「これで良かったよね。」「(利用者本人は)幸せだったよね。」「いい最期だったよね。」的な話が多いのです。
・・・・・私はこの空間に馴染めない。
「良かったかどうか?」「幸せだったかどうか?」「いい最期だったかどうか?」・・・・・は、他でもない利用者が決める事であって、私達が判断するものではない。
・・・・・この自己満足的なカンファが苦痛な事があります。

以下、先日の記事「主人の思いを遂げさせて」の利用者の補足説明です。
彼自身が生への決別を心して、断食が始まりました。私が介入した時には、全身の各所に褥創が出来、出血があり、四肢の関節はすでに拘縮をきたしていました。「これは私の試練」として彼自身が自分に課した苦悩に耐えていらっしゃいました。
話し方・拒否すべき支援者への丁重な心配り・家族へ介護負担を掛けまいとする姿勢・・・・・どれも厳格な方であることが伺えます。
しかし、深夜になると妻を呼び、訪室すると「ああ、いたのか。」と。
どんなに達観している方でも迫りつつある最期に対して、様々な想いはあったものと推測されます。

自分で決別を決意し、様々ある方法の中で何故いちばん切ないであろう方法だったのか?そしてそれを黙って支えた妻。

それほどまでに自身に課さなくてはならなかったものとは何だったのか?
歴史や背景。導き出されるものはあったが、個人としての私には、解らなかった。
・・・・・こんな感じでした。


“人間臭い”確かにそうかも・・・・・
なんか常に足掻いてますモンね、私。
過去、「死にたい」って言葉にする方、私の身近にもいました。自分を傷つけるか、他人を傷つけるか・・・・・そうでないと、生きている実感がないような。
でも、私は、やっぱり大事なモノが急になくなることが最大恐怖で、その方にとっては有難迷惑かもしれないけど、そうならないように奔走していたような気がします。
勝手に逝っちゃって、勝手に夢に出てきて、「悪かったな。」なんて、そんなのダメだよ・・・・・

って、脱線しました。

きっとクールには生きられないかも。カッコ悪くても、ずっと足掻いているような気がします。


PS
だけど、その“人間臭い人”をほっとけない人、私は好きですよ?



Posted by 木下 小櫻 at 2008年05月01日 02:14
小櫻さん
こんにちは

先日のコメントにも書きましたが、普段 私が支援しているご利用者は「死」という状況が少ない介護です。
知り合いのヘルパーさんは、もう何人ものご利用者が入院→介護中止になっているそうです。


それぞれの事情や状況で、それぞれ理由が違うのでしょうが

私は、「死にたい」には事情が有ると思っています。

「生きたい」には理由や事情は無い(生物の本質・本能かな?)事もありますが、

「死にたい」には何か事情が有って、生きる本能を拒否してしまった様に感じます。

その方にとって何が大切なことで、何が不要なことなのかは判りませんが…
代償として「死」を選ぶ事は最後の選択なのでしょうか?

判りません。

今の私には 寄り添って、話し(気持ち)を聞き 出来る事を支援する位しか出来ません。

医療に近ければ近いほど、そんな現実が有るのでしょうね。

応援していますよ。

気持ちも身体も ご自愛下さいね。

散文失礼しました。
Posted by まんぼう at 2008年05月03日 14:23
“まんぼう”さんへ

コメントありがとうございます。
生きていく事って、難しいですよね。同時に死んでいくという事も。
どうしても、生死に関わる事が多い職場にいる事が多かったので、常々このテーマについては自問自答を繰り返します。
例えば回避できない現実があって、それまでをどう過ごすか、どのように迎えるか・・・・・どれだけの葛藤があるのか。
また、そこに介在する事情や理由。

本当に人それぞれで、その想いを支援する他なくて、その度にいろいろ考えます。

先日の記事にもあるように、自ら生きる事を諦めた方もいますし、管類ばかりになって生きるより住み慣れた自宅で穏やかに迎えたいという方、本当は入院していたけど、医療不信が募って在宅看取りに移行した方(結構多いです)、初めから医者嫌いで、よくここまで我慢したなと思える状態でいた方・・・・・
いろいろです。
でも、こういう事は、対象が誰か?にもよると思います。
例えば、小児などでは何としてでも生きて欲しいと思います。
自分の大事な人で、病気も何もなければ、やっぱり生きて欲しいと思います。

・・・・・難しいです。

私の知人は、とても世の中を憎んでいました。
一般的な家に生まれ、両親も健在、学校も普通に出て、私が過ごしてきた子供時代に比べればなんの問題もないように思えるのです。
でも、その人生とか価値観って、そればかりじゃないのでしょうね?
子供の頃から、自分だけは周りとは違う存在と思い、周りはみんな黒だと言い、自分はその黒よりもっと汚いと言い、何不自由なく見えるその生活を悪だと言い・・・・・
しかし、虚勢を張っているように思えるその言動も、本当は自分の弱さを人に見せたくない・失敗に対する過度な自意識・何事かあった時の逃げ場所の確保だっていう事が分かりました。
だんだん付いていけなくなる友人達の中、最後まで傍にいた私を、どんな理不尽でも通せる相手と思ったようでした。
そこまで分かっていたのに
結局は私は弱くて、支えきれなくなってしまいます。
常識外の言動・私に対する軽犯罪的な行動
無理だと言う私を見た遠い目。
なんで、こんな風になる前に、長い人生の中でこの人に注がれる愛情はあっただろうに、なんで何もなくなってしまっているのか?
もしくは、注がれなかったのか?
どんな我儘も通ることが愛だと、なんでそう思ったのか?
それがなくなったら、生きていけなかったのか?

すいません。とりとめもなくて。

生きていく理由
死んでいく理由

正直、解りません。

望む生活が可能なモノであれば支えたいと思います。
余程の事ではない限り。
Posted by 木下 小櫻 at 2008年05月05日 03:06
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