2012年07月23日

様式案は「利用者主体」を軽視「寄り添い」「共に歩む」理念覆すな 〜月刊ケアマネジメント 2012.7より転載〜

2012.7月号 月刊ケアマネジメント掲載。
ケアマネジャーの皆さん、自分たちのことですよ。この問題に、きちんと向き合いませんか?

様式案は「利用者主体」を軽視「寄り添い」「共に歩む」理念覆すな
             佐藤信人 武蔵野大学人間関係学部社会福祉学科教授
今般、「介護支援専門員の資質向上と今後のあり方に関する検討会」にケアプランの新様式が提案されました。この様式案が新に「ケアマネジメントの実践水準を高め、介護支援専門員の業務の向上に資する」ものになるのか、介護支援専門員は自らの仕事に直結するケアマネジメントの実践者として当然のこと、多くの関係者が検討してみる必要があります。
 新様式の問題点はいくつかありますが、最大の問題点は、「利用者主体からサービス提供者側主体への転換」です。「利用者主体」は介護保険制度の最大の理念ですし、それを実現するためにケアマネジメントを導入したはずですが、それが根本から覆ろうとしていますので、そのことに焦点化して新第2表に限定して述べます。
 すなわち、介護保険制度の創設を審議した老人保険福祉審議会報告(平成8年)では、サービスの利用方法の基本的考え方として高齢者自身による選択が重要であるとし「高齢者が利用しやすく、適切な介護サービスが円滑かつ容易に手に入れられるような利用者本位の仕組みとする。このため高齢者自身がサービスを選択することを基本に専門家が連携して身近な地域で高齢者及びその家族を支援する仕組み(ケアマネジメント)を確率する」とされていたのです。
 介護保険制度創設の論議の過程を振り返れば、現金給付やバウチャー方式も検討されましたが、簡略に言えば、利用者の便宜を考えて現物給付とされました。現金給付やバウチャー方式であればサービスをどのように組み合わせて利用しようが利用者の判断だったわけです。私達はこれほどまでに利用者主体を貫こうとした制度創設時の思想を重く受け止めるべきだと思います。自立支援のためといってもサービスやサポートを利用して生活・人生をおくる主人公は利用者本人なのですから、支援の名の下に利用者主体を損なうような介入を行うことがあってはならないのです。自立支援は専門員やサービス側が振りかざすものではなく、利用者と同格の関係で寄り添い、必要な場面には利用者が自立した日常生活を志向するように成長していくよう見守り支えるものなのです。
 たとえ要介護の状態にあっても生活・人生を送る主人公はあくまで利用者であることの認識は極めて重要です。「要介護者であっても尊厳を保持し、その有する能力に応じ自立した日常生活を営むことができるようにする」ことこそが制度の目的であることは法第1条の目的規定に明らかです。にもかかわらず、新様式を提案した報告書で、介護保険制度の目的を「要介護状態又は要支援状態の軽減又は悪化を防止し医療との連携に十分配慮することだ」としているのは、要介護状態の改善のために医療を強化しようとする意図的な操作のようにみえるのは私だけでしょうか。状態の軽減・悪化を防止できれば、確かに自立生活の幅は拡がるから自立支援のために専門員は、そのことを働きかけますが、それは「サービスの方針」であって、目的はあくまで「自立した日常生活」なのです。専門員が重介護で改善が見込めない利用者であっても、その寂しさ悲しさ切なさに寄り添い、それで豊かな日常生活の実現を目指して昼夜を問わず懸命に働いている努力は高く評価されるべきです。

利用者・家族にみせないのは「利用者主体」の軽視 記載要領によると、新第2表はケアプランの一連の様式であるにも関わらず、利用者・家族に隠し(見せず交付せず)、サービス担当者会議には提出するとされていますから、利用者・家族はニーズを明らかにする過程から外され、サービス担当者会議にも参加させないことを意味しています。ニーズはサービス・サポートを導入する根拠でありケアマネジメントで最も重要なものです。また、それを基に作成されるケアプランは両者の生活を大きく左右します。それにかかわらず、ニーズ、ケアプランの決定に利用者・家族の不参加を前提にすることは、著しく先に述べた利用者主体に反するといえるでしょう。最後に印鑑をもらって同意をとれば良いと言うことにはならないのです。全国の専門員はそれを許すのでしょうか。アセスメントは単なる調査ではなく、利用者と専門員双方のやりとりのなかで専門員が語りかけることによって利用者・家族が自分達の現状を冷静に受け止め、それでも自分らしく生活していこうとする気持ちを高めていく支援の過程でもあるのですから新2表の作成も利用者・家族と専門員が協働で行なっていくのが本来でしょう。それを秘匿するのは利用者主体の軽視であり、担当者会議に参加させないことは、利用者・家族がケアチームの一員であることさえも否定しているようにみえます。

アセスメントの段階で「改善の可能性」「予後予測」の記載は困難 記載要領によると専門員は「利用者及び家族等の状態、原因疾患等を分析し改善の可能性の高低を判断し、判断の根拠を書き、予後予測を行なってニーズを立てる」ことになっています。しかし「改善の可能性」とは、身体的(身体構造)・精神的・社会的な要素の相互作用の結果です。(例えば「心が動けば身体が動く」と言われるように)。しかも身体的要素の改善の可能性は最終的には医師による医学的な判断と考えられます。新2表の課題分析の項目はADL、IADLについて細分化され、身体を使って行う生活行為が多いのですが、医師の判断が未だ行われていないケアプラン原案作成のアセスメント段階で、専門員に改善の可能性を判断する根拠を書き、記号を付し、予後予測することまで求めるのは困難なのではないでしょうか。ADLやIADLのできる・できない、の機能面から人を捉えることに重点を置かず、総合的な営みを送る生活者として全体を捉える必要があるのではないでしょうか。そもそも予後予測とは一般的には疾病の経過を表す医学用語であり、身体構造のみならず、精神的・社会的な要素を含む総合的なものである「自立支援」を支援するケアプランのニーズの根拠とするには違和感を感じます。かつ、利用者がどの程度の生活を実現できるかは、身体構造はもとより利用者の生活への意欲とそれを支える家族や社会という外的な生活への意欲とそれを支える家族や社会という外的な環境の影響が大きいと考えられますが、課題分析項目ごとに、そうした利用者・家族がどうしたいと考えているのかの意向を記載する項目欄は一切設けられていません。こうしたこともケアマネジメントを利用者主体からサービス側主体に転換しようとすることの証左でしょう。
 「人に対する支援」は、サービスの提供を目的とはしません。共に努力し、いかに幸せな生活をするかを目的とします。目的は「生活」でありサービスはその「道具」にすぎません。だから、無理に医療との連携を意識した様式は必要ないのではないでしょうか。病弱な要介護者の生活にとって医療は必須なのであり、アセスメントやそれに基づくニーズ、ケアプランの目標に「目指す生活」が明確であれば、それを達成するために当然に医療サービスの必要性が浮かび上がってくるのですから。
 以上、新2表について述べましたが、この様式の特徴は「指導管理型」ではないかということです。利用者とサービス側が同格で、生活のために共に努力する「生活意欲達成型」の方がよいのではないかと考えます。

 私達は、この10年余の実践でケアマネジメントが、いかに手間暇がかかり困難性が高く専門員の心労を伴う仕事かということも学びました。専門員は社会の役に立っています。現実のケアマネジメントが多くの問題を有していることは事実ですが、専門員がケアメネジメントが本来どうあるべきかを知っていても多忙、利用者との軋轢や事業者の方針等からくるストレスなどのためになかなか出来ないでいるのが実情でしょう。様式の見直しよりも担当ケースの減少やそれに伴う報酬の引き上げ、トレーニングの強化などケアマネジメントの実践水準を高めるための優先すべき手法は他にあるのではないでしょうか。
posted by 木下 小櫻 at 00:57 | Comment(0) | ケアマネジメント
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