2011年05月08日

川俣〜飯舘村経由・南相馬へボランティアに行って来た

5月7日:南相馬市原町区へ、女1人でボランティアに行って来ました。

国道6号が封鎖されているとの事で、前日にネットから引っ張り出した地図15枚を切り張りして
福島県中通りから浜通りにかけての手製巨大地図を作った。

そして、まったく通ったことのない道を、私にしては1度も迷わずに行く事が出来た。

磐越道・船引三春ICを降りて、田村・浪江方面へ。
R349を北上。
川俣を抜けて、県道12号に入り飯舘村を横断。
山を降りると、南相馬市原町に着く。

瓦礫撤去のつもりで出掛けたのだが、
諸事情が伴って、急遽、遺留品の洗浄のボランティアに参加した。

GW中は、県外からたくさんのボランティアが集まって、多いときは450人程になったそう。
GWも終盤になり、昨日一昨日から百数十人に減ったそう。
今日は、もっと少なかったのではないか?

ボランティアニーズは、まだまだあると思われます。

特に福島は、原発の影響で人手も儘ならなかったこともあり、
今回、参加させていただいた原町区は、今がやっと最盛期ではないかと、チームリーダーの方が言ってました。
原町区は原発20~30kmにあり、緊急時避難準備区域となり、
住民が少しずつ戻ってきている状況で、原ノ町周辺のお店は多くは開店されているようです。

でも県内には今もなお、警戒区域では立ち入ることさえ出来ない状況が続く・・・。

ボランティアをしてみようかどうか、悩んでいる方がいらっしゃったら
ぜひ一度、足を運んでみてください。
男性が圧倒的に多いですが、女1人でも全然大丈夫です。
瓦礫撤去だって、女性がたくさん活躍してます。

ボランティアニーズもたくさんあります。

今日は、主には
「瓦礫撤去」「避難所の手伝い」「物資仕分け」「遺留品洗浄」

地域住民のニーズを、ボラセンの方が発掘し、
その日の活動を調整・マッチングが行なわれます。
「瓦礫撤去」は私も若干誤解していましたが、主には浸水したお宅の泥出し等が行なわれるようです。

そして、今日参加した遺留品洗浄。
写真やアルバム・そして思い出の品の数々・・・
洗浄している間にも、次々と自衛隊や消防の方があらたに発掘された遺留品を届けてくださいます。
たった1日の短い時間でしたが、これらの品々が持ち主の手元に戻ることを切に願います。


ボランティア終了後、
南相馬沿岸へ車を走らせました。

今回の震災後、福島は地震・津波・原発・風評被害と
短期間に次々といろんな事が起こり、そしてそれらは今なお現在進行形です。

私は、3.11から私なりにずっと心が押しつぶされそうな気持ちでいた。

だけど、こんなに安全な会津にいて、
同じ福島県なのに、たいへんな思いをしている人がたくさんいるのに、
直接的な事を何もしていない自分が、ずっと嫌だったんです。

そして、もうひとつ。
福島の本当の現実を、自分の目で見なくてはならないのではないかと
ずっと、思っていた。

もしかしたら、不謹慎なのかもしれない・・・そうも思った。

だけど、テレビやネットから伝わるものではなく、
本当にそこにあるものを、自分で知らなくてはならないのではないかと思った。

沿岸部に向かって走る。
普通に当たり前のように、住宅が並ぶ。
なのに・・・
その光景は、突如飛び込んできた。
・・・地面ごと根こそぎひっくり返ったような、瓦礫のほかは何もない光景がひたすら広がる。
つい後ろを振り返る。
すぐ後ろには、何事もなかったかのような住宅がある。
前に向き直ると、何もない。
もうすぐ海なのかと一瞬思ったが、どこまでもその荒野は続いた。

間違いなく、ついこの前まで住宅街があったはずの場所。
電線が引きちぎれたままの高圧電線。
何をどう表現していいのか、自分自身が何を感じ何を思い、何を伝えたいのか・・・

・・・何も、出てこなかった。

これが日本で、これが福島。


今回、最短ルートで川俣・飯舘村を経由した。

飯舘村は、新緑が芽吹いて、桜と連翹も咲いていて、
今日は早朝と夕方、朝日と夕焼けを飯舘村に感じながら、
日差しが葉脈を浮き上がらせ、花にコントラストを付け、
とても綺麗だった。
真野ダム方面も、初めて足を運んだ。
本当だったら、田畑が耕され、だんだん水を入れる頃だろうか?
・・・田んぼは、手付かずのまま、昨年の借り入れ後の姿のままだった。

・・・何で、こんなに綺麗な村のすべてが計画的避難区域になんてなってしまったのだろう。
・・・かつて、この村のこの道路を、こんなにも多くの自衛隊車輌・災害派遣車輌・他県のパトカーが往来したことがあったのだろうか?

少しでも・・・そんな風にも思ったが、
道の駅も、日帰り入浴施設も営業していなかった。
(セブンと、Aコープは営業していた。)

時間が掛かることは避けられないと思うけど、
いつかいつもの暮らしが、みんなの手に、心に、戻る事が出来るように、
少し長めの長期的な目標を胸に、
今出来ることを、一歩でも半歩でも前に歩けるように
支えあっていけるといいなと思います。

また、時間を作って行きたいと思います。




小櫻の独り言
今日一緒に活動した、現地の女の子が教えてくれました。

相馬の野馬追は、もちろん演武(?)も素晴らしいのだけど、
最後に、その野馬追に参加した馬を、小高神社に奉納するのだそうで、その儀式(?)が一番の意味のあることなんだって。
(詳しくないので、表現が不適切かもしれません。申し訳ない。)

現在、南相馬小高区は警戒区域のため立ち入りが出来ません。

先日、新聞に今年の相馬の野馬追を、時期は未定ながら開催する方針と載っていた。

どんな方法であれ、開催できるのなら行って見たいと思ってます。





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posted by 木下 小櫻 at 01:11 | Comment(0) | 東日本大震災
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