2011年03月31日

底突き出来ない私たち 〜陸の孤島・福島〜

「福島第一原発 避難指示圏内で自衛隊が遺体を発見。放射能被曝数値が高いため、遺体安置所へ搬送できず。収納袋へ遺体を入れ、建物の隅に」
「福島県内、離職・失業5万8千人」
「福島県内、農家、自殺」
「福島県内大学、原発を理由に入学辞退」
「風評被害、野菜原乳にとどまらず、会津塗り(漆器)返却」
「避難所を転々、不安混乱を増幅、避難先で徘徊、凍死」
「避難先の他県で、介護施設入所拒否 被曝スクリーニング証明書がないことを理由」


ここ数日、新聞・ネット・そして生活圏内で流れたニュース。

「福島は、陸の孤島」

その活字は、東北関東大震災後の福島を的確に物語っていた。

仲間の、介護保険通所介護事業所管理者であり、農家の大黒柱である友人は、
作付け準備の自粛要請の紙を持ち、深いため息をついた。

農地を耕すことで、放射能を拡散させる恐れがあるらしい。

酪農家は、せっかく搾った原乳を畑に捨てなければならない。


「福島第一原発 避難指示圏内で自衛隊が遺体を発見。放射能被曝数値が高いため、遺体安置所へ搬送できず。収納袋へ遺体を入れ、建物の隅に」
何故、こんなことが起きているのだろう。
地震に遭い、津波にのまれ、原発の避難圏内という事で放置され、
もしかしたら助かった命もあったかもしれない。
天災によって命を失ってなお、「収納袋」という袋に入れられ、
どこかの建屋に置かれる

・・・こんな現実って、あるだろうか?

これは、一事例ではなく、もっと多くの人が同じ状況下にある。
何度も繰り返し訴えてきたように、3月11日のまま、そのまま。


私たちのところには、「復興」という
描けるものがまだ見えません。

まだ、底を
どこまで落ちていくのか分からない底へ、こんな時ばかり時間を掛けながら、
でも着実に悪くなっていく状況を見させられながら
堕ちて行っているのだと思います。

底突きが、まだ見えない。
だから、先へ踏み出す機会すら得られていない。

みんな言葉にはしないけど、
福島の現実は、到底計り知れないほど厳しい。




小櫻の独り言
今、雨が降っています。
明日は雪に変わるようです。

ここ数日、会津は日中も夜も天気が良かった。

清々しい朝日。
抜けるような青空。
暖かい日差し。
澄んだ夜空に、いくつもの星。

こんなに福島はきれいなのに、
こんなに会津はいいところなのに、

何で?

自然の力には逆らえない。
でも、今、福島にはそこに人災が加わっている。

県内の葉物野菜は多くが出荷停止になっている。
焼却処分は放射能を拡散させるため、保管を命じられている。

嘆く農家を思い、高齢化率40%を超える地区の八百屋が買ってくれた。
地元の高齢者は、「いいよいいよ。地物食べよう。」と買っていった。

避難所では、「会津のお米は美味しいね」と喜んでくれている。

作付けするには、それなりの工程がある。
今がまさに、準備開始時期であり、
遅らせることで、収穫までの工程がすべてずれ込み、
収穫など期待できなくなってしまう。
秋の晴れた日に収穫。東北の冬は急に、あっという間に来る。

春になり、風向きが変わる。

福島の明日を、一緒に作りたい。
今は、まだ明日が見えない。





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posted by 木下 小櫻 at 00:27 | Comment(0) | 東北関東大震災
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