2011年01月30日

身体表現性疼痛障害 〜不安の代償〜

表明されたニーズは、真のニーズか?

この人が言っている言葉に込められた本当の魂の声とは何か?


この事を、切実に訴えかけてくれたケースです。

10年以上の長い引きこもりの果て、一挙手一投足をすべて聴きいれて
母のために良かれと、
母の希望を叶えよう、
母はここにいることがいいのだと、
現実的に無理があると思われるすべての訴えを聞き入れてきた娘。

私が介入したときにはもう、親子の関係が崩壊しかけていました。

ハッキリとした(身体への)虐待こそないものの、
言葉のきつさ・枕元をバンバン叩く・お膳をガシャンと置く・・・

それでも、介入当時、娘は私がする質問に対し「うん、そうなの。」と言いながら、
「母は正常。どこもおかしくない。
 私はすべて母の言うことは子供の頃から聴いてきた。私にしか出来ない。
 私が頑張ればいい。子供の頃から褒められた事などなかった。認めて欲しかった。」
こんな気持ちを教えてくれた。そして、安定剤を処方されていた。

母は、私が見る限り、精神疾患を患っている上、高齢にもしくは認知症を併発し訴えが執拗になっている状態と思われ、そしてそれに答え続ける娘は今でも精神的には母の支配下にあり、共依存の状態である・・・
それを、介護者である娘に伝えた。
どこまで介護しても、母からの感謝の言葉を聞けない娘は、
第3者である私から、そのような言葉を聞いて泣いた。

「私は、(介護を良く)やっていると思って良いんだよね?」

まず、娘に自分を認めるように、
誰も娘を責めていない。もし、責めているとしたら娘自身であると、
自分を大事にするように・・・切実に話した。


そして、今の状況を打開できるかどうか、
娘が、自分自身の問題を直視できるようになって、それから話を進めた。

すでに、虐待に足を掛けている状態で、今にも手を挙げそうな状況であると
娘は助けを求めた。
母の言動はさらに執拗になり、
「体が痛くて動けない、触れないでくれ。」
「息苦しい。食事の出し方が悪いから、息が詰まる。」
そう言って、臥床しているかと思うと、
夜間は自分で台所まで歩いて出てくる、食事も座ってたくさん食べる。
「私は死ぬんだから、放っておいてくれ。」
そう言いながら、カマってもらえる様に身体の苦痛を訴え続ける。

このまま、2人きりの状態が続くのは、
結果が悪い方向へ行くとしか思えなかった。

まず、母の苦痛が本来何からきているのか、
10年以上閉じこもって、娘の代理受診だけで来ている。

せめて、苦痛や痛みの除去もしくは軽減が出来ないか?
そして、それは治療が可能なのかどうなのか、一度専門医に診てもらおうと提案した。
きっと、母は強く抵抗し、納得してくれないと思った。
でも、この状況を放っておいては、何も変わらない。

この相談を始めて、数日の間に娘の気持ちは
「もう手放したい。」のが本心で、でもそれを実行してはいけないのではないか?
この娘にとって、正当な手放す理由が欲しい
・・・ハッキリとは言わないが、このようなことで揺れていた。

私が心配したのは、
何より、この不定愁訴を繰り返す母の苦痛だった。

ここまでの状況に陥るには、それなりの理由があり、
それを持続させなければならなかった理由があるはずだ。

そして、この切ない状態と状況を、この母から拭い去ってあげないとならない・・・
そして、親子関係が今ならまだ、修復可能だと思った。

母にとっていい子でなければならない娘は、自分からは受診に行こうと絶対に言えない。


私が、母へ専門医受診の勧めをすることになった。

案の定、母はものすごい抵抗をした。
「ここから絶対に離れない。痛いんだから動けない。
 私じゃなくて娘を救って欲しい。娘はこんな厄介者抱えてかわいそうなんだから。」

それでも、私は続ける。「こんな切ない状態、放ってなんておけないよ。」
そして、私が踏み込んでいい領域なのかどうなのか、
本来、ここは私ではなくて娘と話す場面ではないか?
そう思いながら、続ける。

「そうやって、ずっと自分は厄介になってしまったって思ってきたんでしょう?
 だって、ここは娘さんの旦那さんの自宅で、旦那さんの両親だって一緒だもんね?
 娘さんをずっと1人で育ててきて、娘さんだけが唯一の自分の繋がりだったんでしょう?
 だから、嫌だ嫌だって思いながらも、娘さんが離れていくのが怖かったんでしょう?
 そうやって、10年も自分の中で押し殺して、閉じこもってきちゃったんでしょう?」

「そうだよう!ずっと嫌だったんだよ。娘だけいてくれれば良かった。
 こんなところにいて、自分は厄介者になっちゃったんだ。
 だからいいの。私はここで死んでいくんだから。」

・・・激しく叫びながらも、母は続ける。

「こんなに穏やかに、話してくれて、向き合ってくれて嬉しい。
 ありがとう。」

・・・支援者としての是非は分からないが、涙がボロボロこぼれた。

来客も、孫も、自分の部屋には通さず、
10年も娘との関係だけで、本音は自分の中に押し込んだまま、
この人は、いったいどれだけ長い時間を自分の殻に閉じこもってきたんだろう・・・


本人の納得・了解まで取れなかったが、
娘の同意で、あらかじめ関係機関には相談、連絡を入れてあり、翌日受診同行した。
ストレッチャーに乗るとき、すごく暴れた。
「今、舌噛んで死んでやる!」
「ねぇ、もうわがまま言わないから、どこにも連れて行かないでよ。」


この母は、結果入院になった。

身体表現性疼痛障害。
昔でいうところの、ヒステリーである。

限局しない痛みや苦痛の訴えが繰り返され、本人はとても切ないし、本当に痛い。
でも、その原因は
それよりも、もっと大きな不安を抱えていて、
その不安を押し殺すために、痛みに擦り返る・・・代償行為である。
痛みの原因を探すことは効果がなく、その不安を知ることが必要。

そして、性格的な要因もあり、若い頃から似たような傾向があったはず。

家族・友人は、大概付き合いきれなくなって、孤独になってしまう。
劇的に効果をあげる薬はなく、不安を取る薬を対症的に使用する。


あらためて、あぁそうか・・・と、思った。


この利用者に限らず、
大なり小なり、不安を抱えて生きることは誰しもあることかもしれない。
ただ、それを上手く昇華出来なかったり、
何か気分転換や紛らわすものがなかったり、
何か唯一のものにだけ縛られてしまったり、

その不安を、別のことに擦り返る事で、自分を守るしかない。


だから、私たちは
潜在化された真のニーズとは何か?
本当にその利用者が困っている事は何か?

洞察を深めなくてはならず、
表面化された事だけに対応していたのでは
利用者の本当の願いや希望・思いを実現することなど程遠い事になってしまう。

そんな時、支援は宙に浮いたものになってしまう。


少し、距離を置き、適切な治療を受けて、親子の絆が切れることなくいれたら・・・

そう願います。


このケースに、出会えた事に感謝します。





小櫻の勝手にしやがれ!
昨年の社会福祉士に続き、
昨日、精神保健福祉士の国家試験を受けました。

解答速報を見る限り、6割は取れたみたいです。


あと、学校はしばらくお休みにします。
3年前に計画立てたように、この春から長男が中学生になり、
きっと、中学校・小学校・保育園の行事を潜り抜けて私自身が何かしようというのは不可能だとおもう。
だいたい、今年度だって
近県のスクーリングはすべて学校行事にぶつかっていて、
やむを得ず、東京会場を選択したのだから。

3年で、2つの国家資格の結果を出すと、宣言したとおりになれるかな?

忙しかったけど、どちらもいい勉強になりました。
実際に、資格を使用して仕事をすることは、無いように思われますが
私に足りないと思って、勉強した事は無駄にはならないと思ってます。

そもそも、資格が欲しかった訳ではないし。

福祉に関する、勉強がしたかった。

それだけだったんだよな。



それに、「社会福祉士」と「精神保健福祉士」
どちらも、学ぶことも倫理として携えることも、何を守って何を擁護するのかも、

結局、同じだよね?

テキストに書かれている事も、スクーリングで学ぶ事も、
やっぱり、同じだよなぁ・・・

確かに、精神障がい者は、長く社会から切り離された環境に置かれていて、社会的障壁も根強くあって専門的な関わりが必要なのは分かるけど、

何故、「社会福祉士」と「精神保健福祉士」を分けて資格創設になったのか、

それに伴う、審議がどうあったのかについては
当時の関係者の方々から、たくさん聞く事が出来ましたが、

やっぱり、腑に落ちないなぁ。

「社会福祉士」と「精神保健福祉士」

同じで良かったのではないの?


なんて、資格創設に纏わる時代の審議の経過を知らない世代の
無責任な思いです。




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posted by 木下 小櫻 at 19:38 | Comment(0) | ケアマネジメント
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