2010年04月28日

利用者と認知症とリハビリと介護者と…在宅で暮らす条件

誰もが自分の自宅で暮らす事
…そんな当たり前の事を、毎日送り
望む事というよりは、日々流れていく事なのかもしれない。

当然、そこにある時は、意外とその大切が分からなかったりする。

そんな当然の暮らしが
危ぶまれる出来事とは、人の人生の中でどの位起きるのだろう。

在宅で暮らす事。
少子高齢化が進み、家族機能が衰退している現代において、
そんな普通の暮らしが難しくなる事が頻発している。

もちろん、利用者自身の心身状況も理由の一つになる。
例えば、医療的な処置が必要な事もある。
治療して治る事であれば、または治る事がなくても進行を止めたり、症状が軽くなるのであれば、
もしくは、治療する事を利用者が望むのであれば
積極的な治療は、当然必要なものである。

身体機能でも、精神機能でもそうだ。
適切なリハビリや生活訓練を受けて、自宅での暮らしに対応できる機能を回復する事が出来れば、
その人の、これからの人生の開ける未来は確実に広がる。
もしくは、障害を抱えながらも、適切な用具等があれば、
その補助が上手く利用できれば、
暮らしぶりは、大きな可能性を持つ事になる。

そして、
もしも、少し前まで当然に理解できていた事が解らなくなったのなら
その解らない部分を、フォローしてくれる存在が必要である。
ほんの少しの手を貸すだけで
その人の生活は、より落ち着いたものになる。
いつも、解らなくてドキドキ・イライラしながら
威嚇する事も、虚勢を張る事も、閉じこもる事もなく
いつもの当然の暮らしが送れる可能性はいくらでもある。


でも、
家族機能の衰退した現代、
家族の構成員が少ない事はもちろん、
家族・夫婦間の気持ちのつながりが希薄になっている
…そんな家庭を、嫌というほど見る。

または、認知症自立度がV以上で、
介護者も心身の障害を抱えていたり、犯罪歴があって更生が十分とはいえない場合だったり、
複雑な関係を孕んでいるケースが、
以前にもまして、増加しつつある。


どんなに利用者自身の心身状況が不安定であっても、
家族関係がどんなに複雑・多岐にわたる問題を孕んでいても、

在宅で暮らす事を望むのであれば
全力で支援しようと思う。

または、在宅で暮らす事を余儀なくされるのであれば、
少しでも、その人が素に戻れる時間を持ってほしいと
何とか支援したいと思う。

サービスをガッチリ組む事が出来れば、
家族の支援が難しいケースだって、なんとか暮らしていける可能性は大いにある。
でも、多くはそんなに生活に出資が出来ない。
高齢者や障がい者の暮らしは、経済的に逼迫している事が多い。

在宅で暮らす事。
本来、普通の暮らしが
何故、こんなに難しい世の中になってしまったのか。

家族機能が衰退している。
そこを、何とか回復出来るようにしたい。
回復が無理なら、サービスをしっかり組み込んであげたい。


どれもこれも、難しい現段階の状況で
止む無く、本来暮らすはずの自宅を離れざるを得ないケースが
あまりにも、多すぎる。

本気で利用者に向き合っている
家族や、関係事業者の為にも
もう少し、この介護や福祉に関する諸制度を
暮らしやすい仕組みに変えていただきたい。

一ケアマネジャーや、一スタッフ、一家族、一市民・国民

小さな声だけでは、どうにもならない事が多すぎます。

理想が、理想論で終わるのではなく、
現実の社会に還元・反映される事を
今、この国を動かしている諸機関に

強く望みます。




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posted by 木下 小櫻 at 01:32 | Comment(0) | ケアマネジメント
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