2011年04月26日

4月20日コメントより 〜霧島市より被災者受け入れ〜

先日、NPO法人からいも交流事務局 齋藤様よりコメントをいただいた。
もともと、在日外国人対象でホストファミリー等展開してきた団体とのことで、
今回の東日本大震災を受けて、被災者受け入れを行なっているとの事だった。

中心となる方は、福島県浪江町・双葉町出身の方たちで、
「うつくしま福島の会」を立ち上げ鹿児島県庁で記者会見を行い、
県民方々に支援をお願いし、
県を始め各市町村も公営住宅の無償貸与と全面的に支援して
約束してくれたとの事です。


(以下、齋藤様からのメールを抜粋)

・・・1番の目的は短期間でも良いので暖かい鹿児島に避難して頂き
体力の回復と再起への充電をして頂き、福島が落ち着いたら
帰って頂き、故郷の復興に頑張って頂くことです。

県を始め各市町村も公営住宅の無償貸与と全面的に支援して
約束してくれました。

現在公営住宅に被災されて入居されている方が23戸73名で
残り402戸が確保されています。そのほか民間の住宅でも30戸ほど
確保しほとんど1年間は無償提供出来ます。

・・・との事でした。

また、鹿児島までの移動も負担してくださるようです。


福島県は、会津に限らず過去の歴史を今もなお抱えている方が多くいらっしゃることは、私自身も痛いほど理解しているつもりです。
何しろ、私の血のつながりのある父は、山口県下関の出身で、
その事は、出来る限り口外しないようにと、会津をはじめ多くの仲間に言われています。

ようやく捜索の手が入った、原発20km県内の捜索。
被害にあった方たちが、3・11から手付かずであり、また立ち入ることさえ許されなかった状態は、
かつての会津と同じではないかと、日々話しておりました。

でも、もし、この国難に
この国の各方面の方たちが、我が事のように悲しみ、
何か出来ることをと、立ち上がってくれるなら、

私は、それは十分アリだと思います。

何故なら、私は福島県民であり、会津人であり、
この美しい郷のすべてが、
もう一度、心の底から笑顔になれるまで
どれだけの年月が掛かるか分からない長い期間、
身体の奥底に、憂いや涙、やるせない蟠りを抱えていくのだろうと思うから。

復興支援とはいえ、私という個人のために何かをしようという気になれないのだから。



もし、どうしても歴史が気になる方は無理をしなくてもいいと思います。
ですが、このような支援を福島県出身の方が立ち上げ、奔走して、受け入れ態勢を整えてくれ、
温かい手を広げてくれていることは、出来るだけ周知し、
希望者がいれば、是非パイプ役になりたいと思います。


NPO法人 からいも交流

西日本新聞 鹿児島 第2の古里に長期支援を願い、福島県人会が発足

〒899-5401 霧島市福山町福山5290-66
TEL:0995-64-7751
FAX:0995-64-7752
齋藤武夫






小櫻の独り言
最近、ケアマネジメントに関する記事を書いていない。
無理もない。
何より、震災後の福島が、私にとっていちばん心配だから。

酪農においては、家畜を殺処分すると、県が打ち出した。
既に息絶えてしまった家畜から害虫が発生し衛生状態の悪化が懸念され、
また放された牛などが野生化している問題、
・・・何より、やせ細ってジワジワと苦しんでいる家族を見ていられない

この郷で起きていることは、一体何なのだろう?
少し前までは、想像もしていなかったことが、次から次に止め処なく起きている。

そして、それらはすべて現実だ。

計画避難が全村の飯舘村は、未だ受け入れ先が決まっていないらしい。

この先、どれくらいの年月が私たちには必要だろう?

もしも、どれだけ気の遠くなる年月が掛かったとしても、一緒に一歩ずつ歩んでいきたいと思う。


ケアマネジメントも、毎日当然向き合っています。
今は、「恋愛がしたい」と真剣に悩む利用者に、私が出来る支援は何だろうと考えています。

いつか、アップしていけたらと思っています。






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posted by 木下 小櫻 at 02:13 | Comment(0) | 東日本大震災

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