2011年03月23日

福島第一原発収束への思いと、13年前の約束

福島県知事、東電社長の面会謝罪を拒否

こんなニュースが聴こえた。

福島県人の私には、知事の態度表明は当然に映った。

本当は、こんな時だからこそ少しでも明るい話題を書き込みたい。
でも、福島の現状を少しでも訴えたい。


福島第一原発の収束へ向けて、警視庁・自衛隊・東京消防庁
最前線で頑張ってくれた人たちがいて、
その彼らを送り出すには、相当の決意とその背後にいる家族を始めとする様々な思いがあったに違いない。
命をかけた、想像を絶する作業だったに違いない。
原発に関する、最初の関門を命を張って闘ってくれた。

それは、本当にそうだと思っているし、仕切れないほどの感謝もしている。
これは、紛れも無い事実。

だけど・・・
そのニュースを、素直に受け入れられない。

これはあくまで、福島県人の私個人の思いです。

原発によって、きっと福島県は長いこと、その恩恵も受けてきたのだろうと思います。
それも、よく分かるのです。
この度の震災後の原発の問題だって、日本中の人が気にしてくれて、
政府も、世界各国も支援してくれて、
そして、最前線で頑張ってくれた人たちが、東電の孫会社様を始めたくさんいることも分かるのです。

それでも、どうしても、先の連休中にあった放水作業後の会見を素直に受け入れられなかった。


福島県は、佐藤知事が言うように、「地震・津波・原発」の三重苦で、
原発が収束しない限り、復興はあり得ない。

原発の退避圏内では、未だ地震・津波後の捜索すら出来ない状況にあり、
他県で、9日ぶりの救助という、喜ばしいニュースが駆け巡る中、
もしかしたら、福島県内にももっと早くに捜索が出来ていれば救助できた人がいたかもしれない、
どうしても、脳裏を過ぎるのです。

今後、福島県内の農業は?酪農は?漁業は?
観光業だって、難しい。
震災後少ないページで、それでも少しでも情報をと頑張っている地方紙紙面でも、
福島県の住所を言っただけで、他県での宿泊を拒否された・・・そんな記事があった。

「野菜や食べ物は、自分たちで消費するわい。」
そんな話が、職場で出た。
出荷停止が掛かっているならともかく、他の作物まで返品される状況。
自分たちは、それでもいい。

だけど、今後、私たちは自分たちから大事な人を、
この地に呼び、この地の料理を振舞うなんてことも、出来なくなるかもしれない。

震災後の、復興の兆しが見えてきている。
避難所の人たちが、自分たちでボランティアをしながら支えあっている。

今は、日本中が、少しでも出来ることを、
自分でも出来ることを、
自分のことは後回し。だって、もっとたいへんな人がいるのだから。

みんながそう思って、みんなが支えあっている。
私自身も、今自分が出来ることを、ほんの少しのことかもしれないけどしている。

自分のことは、後回し。
みんな我慢強い。福島は我慢強い。会津は我慢強い。
自分よりも他の人に・・・そう言って、1週間すべてのサービス提供困難を受け入れ、他界してしまった人もいる。

今は何より、被災者支援。
それは当然だと思っているし、現実そうなることを願って動いている。
今現在の優先順位。何より被災者支援である。

でも、この福島県で震災後手付かずの地域が実際にあって、
他県では、瓦礫撤去が進み、仮設住宅が建って、復興の兆しが見え始まってる。
福島県だって、被災地の方たちをはじめ、みんな頑張っている。
だけど、復興の兆しが見えないのは何故?
素直に、放水作業後の会見を見れないのは何故?
福島県には、報道関係者が入ってこないのは何故?
未だ、スーパーやコンビニに商品が入らないのは何故?
やや余裕のあった、肉類なども「ここにあるだけです」と張り紙が張られているのは何故?
ガソリンを十分に給油できないのは何故?
いつまでも、買いだめに走る現象は何故?

どうしても、頭を過ぎるのです。

こんなことは、きっと言葉にしてはいけないと思っていた。
でも、職場で喋った。

みんな同じ思いでいた。


福島県知事が言うように、福島第一原発の山積みの問題収束は、
福島県にとって、福島県人にとって必須の条件であり、復興の条件です。

風評被害も広がる中、
私たちは、ここにいます。

繰り返しますが、原発の最前線、また関係省庁・関係機関・各位の方々のご尽力には本当に感謝してます。
何も出来ないのに、その上でなお加えてお願いします。
どうか、一刻も早い収束をお願いします。




木下 小櫻



小櫻の独り言

今日、長男の卒業式です。
長男は震災前の仙台・松島への最後の修学旅行生になったそうです。
そして、4月から6年生になる長女は、修学旅行が白紙になりました。

来月早々に、長男は13歳になります。

13年前、長男が生まれた時に、夫に託した言葉

「もしも、万が一にでも、この国が戦場になるようなことがあったら、
 構わず、私をおいて、子どもを連れて逃げて。
 まがいなりにも、私、看護婦だからさ。」

13年前、私が所持する資格は看護師のみでした。

最近、自宅と言わず、職場といわず上がる話題に、
もし、退避勧告の範囲が広がって、会津もそうなったらどうする?

職場では、「ここにいるしかないわい。」「利用者、置いていけないでしょう。」
みんな口々に言います。
「んだなぁ。行くところも無いしなぁ。」
私も、そうするつもりです。
利用者・地域住民がいる限りは、ここにいようと思ってます。

じゃぁ、その時子どもは?

13年前の約束を、今まで以上に時々思い出します。

夫は、今も昔も、「何でそんなに他人が大事なんだ?」「家族のことだけ考えろ。」
いつも、そういってます。
こんな非常事態でなくとも。

だから、私は、
もしも身近な生活圏で、何かしらの有事や非常事態になったら、
子どもを夫に託します。
きっと、彼は、子どもを何より第1に守ってくれると思います。

たぶん、私は真っ先に子どもと逃げることが出来ないでしょう。
今回の地震の時がそうであったように。
私が、わが子の心配を胸に押し込みながら、利用者の安否確認をしている頃、
夫はとっくに、会社から帰宅していました。

「こんな時に、まっすぐ帰ってこないなんて、バカとしか思えない。」
確かに、そのとおりだと思いました。

私1人では、きっと守りきれないものがあって、
おそらくそれは、私にとっていちばん大事なものだと思います。

人は、1人では生きていない。
いろんな人の、いろんな力が繋がって、1日の暮らしが成り立っている。
今日、この日を大事に生きよう。
過去にとらわれず、明日に先送りせず、
大事なものは、大事だと言おう。
小手先だけの、嘘はやめよう。
今日、後悔しないように。





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posted by 木下 小櫻 at 01:04 | Comment(0) | 東北関東大震災

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